ヨーロッパにも角竜がいた?|アジュカケラトプスが覆した“いないはず”の常識
「角竜」と聞くと、トリケラトプスのような大きなフリルと角を持つ北アメリカの恐竜を思い浮かべる人が多いでしょう。実際、角竜類の化石は長いあいだアジアと北アメリカを中心に知られ、白亜紀後期のヨーロッパでは確実な証拠がほとんど見つかっていませんでした。
ところが、その“空白地帯”に大きな疑問を投げかけた恐竜がいます。ハンガリーで見つかったアジュカケラトプス(Ajkaceratops kozmai)です。
しかもこの恐竜は、2010年に「ヨーロッパ初の確実な角竜」として発表されたあと、本当に角竜なのか疑問視され、さらに2026年に新しい頭骨化石によって再び角竜である可能性が強く支持されるという、非常にドラマチックな研究史を歩んでいます。
アジュカケラトプスとは?
アジュカケラトプスは、現在のハンガリー西部にあるイハルクート(Iharkút)のチェーバーニャ層から発見された植物食恐竜です。生息していたのは白亜紀後期のサントニアン期、およそ8400万〜8500万年前と考えられています。
属名の「Ajka」は発見地に近いハンガリーの都市アイカに由来し、「ceratops」は“角のある顔”を意味する角竜類でおなじみの名前です。2010年にアッティラ・オーシらによって正式に記載されました。
ただし、最初に見つかった化石は完全な骨格ではありません。主に吻部や顎の一部など、頭骨の断片でした。それでも研究者たちは、その形態に角竜類特有と考えられる特徴を見いだしました。
なぜ「ヨーロッパに角竜はいない」と考えられていたのか
正確には「ヨーロッパに角竜が絶対にいない」と証明されていたわけではありません。問題は、アジアや北アメリカと比べて、角竜だと断定できる化石が極端に少なかったことです。
プロトケラトプスやバガケラトプスなど初期の角竜はアジアから、トリケラトプスやセントロサウルスなど大型化した角竜は北アメリカから豊富に発見されています。一方、ヨーロッパから報告された候補化石は断片的で、別の植物食恐竜ではないかという反論が繰り返されてきました。
そのため白亜紀後期のヨーロッパは、角竜類の分布図にぽっかり穴が開いたような地域だったのです。
2010年、アジュカケラトプスが“空白”を破った
2010年に科学誌「Nature」で発表された研究では、アジュカケラトプスは角竜類の一員とされ、とくに東アジアのバガケラトプスなどに近い特徴を持つと考えられました。
これは大きな意味を持ちました。もしアジア系の角竜がヨーロッパにいたのなら、角竜類はこれまで想定されていた以上に広い地域へ進出していたことになるからです。
当時のヨーロッパは、現在のような一続きの大陸ではありませんでした。テチス海に島々が点在する「ヨーロッパ諸島」と呼べる環境で、ハンガリーの発見地もその島の一つでした。
そのため研究者たちは、祖先が島から島へ移動する“アイランドホッピング”によって、アジア方面からヨーロッパへ進出した可能性を提案しました。
ところが「本当に角竜なのか?」という疑問が浮上
ところが、ここで話は終わりません。
アジュカケラトプスの化石はあまりにも断片的だったため、その後も分類をめぐる議論が続きました。
2024年に発表された詳細な再検討では、角竜らしく見える特徴の一部は表面的な類似にすぎない可能性が指摘されました。系統解析でも結果が安定せず、「非常に特殊な角竜かもしれないが、角竜だと断定するには慎重であるべきだ」という見方が示されたのです。
つまり、一度はヨーロッパ角竜の代表になった恐竜が、再び「正体不明」に近い位置へ戻されました。
この展開こそ、恐竜研究の面白さでもあります。新しい化石や解析方法が加われば、一度定着した復元や分類であっても見直されることがあります。
2026年、新しい頭骨が状況を一変させた
そして2026年1月、「Nature」に新たな研究が発表されました。
研究チームはイハルクートで新たに発見された、これまでよりはるかに情報量の多いアジュカケラトプスの頭骨を詳しく解析しました。
CTデータや三次元復元、複数の系統解析を用いた結果、アジュカケラトプスを角竜類に位置づける結果が改めて強く支持されたのです。
さらに驚くべきことに、研究はアジュカケラトプスだけにとどまりませんでした。
これまでヨーロッパ固有の鳥脚類「ラブドドン科」と考えられていた恐竜の一部についても、実際には角竜類だった可能性が示されました。
ハンガリーで「モクロドン・ヴォロシ(Mochlodon vorosi)」と呼ばれていた恐竜についても、今回の研究ではアジュカケラトプスと同じ種と判断されています。また、ルーマニアの「Zalmoxes shqiperorum」とされていた恐竜は、角竜類のフェレンケラトプス(Ferenceratops shqiperorum)として再分類されました。
つまり、「ヨーロッパには角竜がほとんどいなかった」のではなく、角竜の化石を別の恐竜だと思って見ていた可能性が出てきたわけです。
アジュカケラトプスはトリケラトプスのような姿だった?
同じ角竜類といっても、アジュカケラトプスをそのまま小型のトリケラトプスとして想像するのは適切ではありません。
トリケラトプスは角竜類の中でも非常に進化した大型の仲間です。一方、アジュカケラトプスはもっと早い段階で枝分かれしたタイプと考えられており、巨大な三本角や大きく発達したフリルを持っていた証拠はありません。
現在の復元では、頑丈なくちばしを備えた比較的小型の四足歩行の植物食恐竜として描かれています。
私たちがよく知る“巨大な角竜”とは違い、角竜類が大型化し、巨大なフリルや角を発達させていく以前の特徴を残した動物だったと考えると分かりやすいでしょう。
ヨーロッパの島々で独自進化した角竜たち
白亜紀後期のヨーロッパは多数の島からなる世界でした。限られた土地と食料、そして隔離された環境は、島に住む動物の体格や進化に大きな影響を与えます。
実際、ヨーロッパの恐竜には、他地域の近縁種とは異なる独特な姿や小型化が知られています。
アジュカケラトプスを含むヨーロッパの角竜類も、アジアや北アメリカの仲間とは異なる環境の中で独自の進化を遂げていた可能性があります。
そしてもし2026年の研究が示すように、これまで別系統だと思われていた複数のヨーロッパ産植物食恐竜が角竜類だったなら、私たちが想像していた白亜紀ヨーロッパの生態系そのものを書き換える必要があります。
「いなかった」のではなく「見抜けなかった」のかもしれない
アジュカケラトプスの物語で最も面白いのは、一個体の珍しい恐竜が発見されたことだけではありません。
化石は以前から存在していたのに、比較する材料が少なく、別の恐竜として分類されていた可能性があることです。
新しい頭骨が見つかったことで、過去に発見されていた化石まで別の意味を持ち始めました。
恐竜研究では、新種の発見だけが歴史を変えるわけではありません。博物館に保管されている化石を新しい視点で見直したとき、何十年も気づかれなかった系統が姿を現すこともあります。
アジュカケラトプスは、そのことを非常に分かりやすく示してくれる恐竜なのです。
まとめ|アジュカケラトプスが変えたヨーロッパ恐竜史
アジュカケラトプスは、約8400万〜8500万年前の現在のハンガリー周辺に生息していた植物食恐竜です。
2010年にはヨーロッパ初の確実な角竜として注目され、2024年にはその分類が疑問視されました。しかし2026年、新たな頭骨を用いた研究によって角竜類であることが再び強く支持され、さらに他のヨーロッパ産恐竜の分類まで見直され始めています。
かつて「角竜の空白地帯」に見えたヨーロッパ。
そこには本当に角竜がいなかったのではなく、私たちがまだ彼らを正しく見つけられていなかっただけなのかもしれません。
一つの頭骨が、恐竜の分布図だけでなく、長年使われてきた分類そのものを揺さぶる。アジュカケラトプスは、恐竜研究が今も変化し続けていることを実感させてくれる恐竜なのです。
・Maidment, S. C. R. et al. (2026)
A hidden diversity of ceratopsian dinosaurs in Late Cretaceous Europe
Nature 651, 397–403.
・Ősi, A., Butler, R. J. & Weishampel, D. B. (2010)
A Late Cretaceous ceratopsian dinosaur from Europe with Asian affinities
Nature 465, 466–468.
・Czepiński, Ł. & Madzia, D. (2024)
Osteology, phylogenetic affinities, and palaeobiogeographic significance of the bizarre ornithischian dinosaur Ajkaceratops kozmai from the Late Cretaceous European archipelago
Zoological Journal of the Linnean Society.