ユーステノプテロンは「陸に上がった魚」ではない|上陸を準備した進化の設計図
「魚が陸に上がって両生類になった」。この説明は間違いではありませんが、よくある誤解があります。それは、ある日いきなり魚が陸に上がったかのように語られてしまうことです。実際の“陸上化”は、一発の上陸ではなく、水辺の環境トラブルを生き延びる工夫が積み重なった結果でした。
そこで重要になるのが、デボン紀後期(約3億8500万年前ごろ)の肉鰭類ユーステノプテロンです。ユーステノプテロンは「陸に上がった魚」そのものというより、陸へ向かう進化が“成立してしまう条件”を体に備え始めていた存在として見ると、輪郭が一気にクリアになります。
よくある誤解|ユーステノプテロンは陸を歩いたのか
昔は、ユーステノプテロンを「上陸を試みた魚」の象徴として描くことがありました。しかし現在は、ユーステノプテロンは基本的に水中で暮らした可能性が高いと考えられています。ポイントは「ユーステノプテロンが陸を歩いたかどうか」ではなく、「陸を歩く体がどう準備されていったか」です。
ユーステノプテロンとは何者か|“四肢の設計図”が見える魚
ユーステノプテロン(Eusthenopteron)はデボン紀後期の肉鰭類で、四肢動物(テトラポッド)に近い系統に位置づけられる魚です。代表的な化石産地としてカナダ・ケベック州ミグアシャの産出が知られ、研究史も長いことで有名です。体長は種によって1.5m超から2m級に達した可能性も示されています。
そして最大の見どころは、ヒレの内部にある骨格です。前のヒレには上腕骨に相当する骨、さらに橈骨・尺骨に相当する骨が並ぶなど、四肢の基本配置と同じ“骨の並び”が見えてきます。つまり、陸上動物の腕や脚は、ゼロから突然生まれたのではなく、水中のヒレの内部で既に「原型」が組み上がっていたわけです。
なぜ「強いヒレ」が必要になったのか|上陸ではなく“浅瀬サバイバル”
陸上化の引き金は、「陸に憧れたから」ではありません。デボン紀の浅い水域は、季節変動や干ばつ、酸素不足、植生の増加による水中の障害物など、“泳ぐだけでは詰む状況”が起きやすい環境でした。こうした場所で生き残るには、ヒレで体を支え、底を蹴り、姿勢を保ち、短距離を押し進む力が重要になります。
ユーステノプテロンの“たくましいヒレ”は、陸を歩くためというより、浅瀬や障害物だらけの水域で「詰みを回避するための装備」だった、と捉える方が自然です。ここが新しい見方の核心です。
呼吸の進化は先に始まっていた|「陸に上がる」より前の準備
もう一つ見落とされがちなのが呼吸です。陸に上がるには、空気呼吸の“準備”が必要になります。魚類の空気呼吸は陸上化より前から複数回進化したと考えられており、デボン紀周辺の系統でも、低酸素への適応として空気呼吸の方向性が強まっていきました。
ここでも重要なのは、ユーステノプテロンが「肺で陸を歩いた」と断定することではなく、水辺の酸素不足が、のちの四肢動物につながる“呼吸の発想”を押し上げた、という因果関係の理解です。
両生類の直接の祖先なのか|「祖先」より大事なこと
ユーステノプテロンは四肢動物に近い系統の代表として語られますが、「この魚が直接の祖先だ」と一本道で決めるのは慎重であるべきです。進化は行列ではなく枝分かれで進むため、ユーステノプテロンは“近い親戚”として、四肢の原型がどう組み上がったかを示してくれる存在、と捉える方が誤解が少なくなります。
つまり、ユーステノプテロンの価値は「祖先かどうか」より、「陸上化に必要な部品が水中で揃っていく過程」を具体的な骨格で見せてくれる点にあります。
まとめ|ユーステノプテロンが教える“上陸の本当の理由”
ユーステノプテロンは、陸を歩いた魚というより、陸上化が起きてしまう条件を体に備え始めた魚でした。強いヒレ、骨格の原型、環境トラブルへの適応。これらはすべて「浅瀬サバイバル」の延長線上にあります。
陸上化はロマンではなく、生き残りの積み重ねでした。ユーステノプテロンは、その“積み重ねの設計図”を見せてくれる、デボン紀の重要な証人なのです。