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恐竜はいつ「恐竜」になった?|200年で何度も塗り替えられた発見と研究の歴史

19世紀の恐竜化石研究から現代の恐竜復元へと続く恐竜研究の歴史

今では、子どもでも「ティラノサウルス」や「トリケラトプス」という名前を知っています。

しかし、わずか200年ほど前まで、人類は「恐竜」という動物の存在そのものを知りませんでした。

巨大な骨が地中から発見されても、それが何の動物なのか分からない。巨大なトカゲなのか、未知のワニなのか、それとも聖書に登場するような生物なのか。

恐竜研究の歴史とは、化石を発見して種類を増やしてきただけの歴史ではありません。

「恐竜とはどんな生き物だったのか」という人類の常識が、新しい化石が見つかるたびに何度も壊され、作り直されてきた歴史なのです。

今回は、恐竜がまだ「恐竜」と呼ばれていなかった時代から、羽毛恐竜や最新技術によってその姿が明らかになりつつある現代まで、約200年にわたる恐竜研究の歩みをたどります。

恐竜の骨は「恐竜」という言葉より先に発見されていた

人間が恐竜化石を見つけたのは、19世紀になってからではありません。

古代から世界各地で巨大な骨や足跡が発見されており、その正体が分からなかった人々は、巨人や竜、怪物などの骨として解釈していた可能性があります。

科学的な記録として有名なのが、17世紀のイギリスです。

1677年、自然学者ロバート・プロットは、イングランドのオックスフォードシャーで見つかった巨大な骨を著書に掲載しました。

現在では、この骨はメガロサウルスか、それに近い大型獣脚類の大腿骨だった可能性が高いと考えられています。

しかし、当時は恐竜という概念がないため、プロット自身もその正体を恐竜と理解することはできませんでした。

1824年|初めて科学的に記載された恐竜「メガロサウルス」

恐竜研究の本格的な始まりとされているのが、1824年です。

イギリスの地質学者・聖職者ウィリアム・バックランドは、オックスフォード周辺から発見された巨大な顎や骨を研究し、メガロサウルス(Megalosaurus)として科学的に記載しました。

これは、現在「恐竜」と呼ばれている動物の中で、科学的に記載された最初の例として知られています。

ただし当時のバックランドは、メガロサウルスを現代の大型トカゲをさらに巨大にしたような四足歩行の爬虫類だと考えていました。

現在では、メガロサウルスは後脚で歩く大型の肉食恐竜だったことが分かっています。

最初の恐竜研究からすでに、後世の研究によって姿が大きく描き直される歴史が始まっていたのです。

イグアノドンの発見で「植物を食べる巨大爬虫類」が現れた

メガロサウルスに続いて恐竜研究を大きく進めたのが、イグアノドンです。

イギリスの医師で地質学者だったギデオン・マンテルは、巨大な化石の歯を研究し、その形が植物を食べるイグアナの歯に似ていることに気付きました。

そして1825年、新しい巨大爬虫類としてIguanodonを記載します。

これは非常に重要な発見でした。

メガロサウルスのような肉食動物だけでなく、巨大な植物食動物もかつて地球上に存在していたことが明らかになったからです。

しかしイグアノドンも、当初は巨大なイグアナのような姿に復元され、現在「親指のスパイク」だと分かっている骨は鼻の角だと考えられていました。

恐竜の復元は、まだ手探りの状態だったのです。

1842年|ついに「Dinosauria」が誕生する

メガロサウルス、イグアノドン、そして装甲を持つヒラエオサウルス。

これらの化石を比較したイギリスの解剖学者リチャード・オーウェンは、3種類には既存の爬虫類とは異なる共通した特徴があることに気付きます。

そして1842年、彼らをまとめる新しい分類群としてDinosauria(恐竜類)という名称を提唱しました。

ここで初めて、人類の歴史に「恐竜」という概念が誕生します。

Dinosauriaはギリシャ語に由来し、おおよそ「恐るべき爬虫類」という意味を持っています。ただし、この「恐るべき」は単に恐ろしいという意味ではなく、「驚くべき」「畏敬すべき」といった意味合いも含んでいました。

1854年|世界初の恐竜公園が作られた

恐竜は学者だけが知る存在から、一般の人々にも知られる存在へ変わっていきます。

その象徴が、ロンドンのクリスタル・パレス・パークです。

彫刻家ベンジャミン・ウォーターハウス・ホーキンズは、オーウェンの監修を受けながら実物大の恐竜模型を制作し、1854年に一般公開しました。

ところが、そこに作られたメガロサウルスやイグアノドンは、現在私たちが知っている姿とはまったく違います。

四足歩行で重々しく歩き、巨大なトカゲやサイのような姿をしています。

これは当時の研究者が間違っていたからというより、手元にある限られた化石から最善の復元を試みた結果でした。

クリスタル・パレスの恐竜は、科学が新しい証拠によって変化していくことを現在まで伝える貴重な存在でもあります。

19世紀後半|アメリカで始まった「骨戦争」

19世紀後半になると、恐竜研究の中心の一つが北アメリカへ移ります。

そこで起きたのが、有名な「骨戦争(Bone Wars)」です。

古生物学者エドワード・ドリンカー・コープとオスニエル・チャールズ・マーシュは、新しい恐竜を誰よりも早く発見・命名しようと激しく競争しました。

その競争は時に行き過ぎ、互いの研究を批判したり、化石産地を秘密にしたりするほどだったと伝えられています。

しかし、この時代にアパトサウルス、ステゴサウルス、アロサウルスなど、後に恐竜図鑑の常連となる多くの恐竜が次々と知られるようになりました。

恐竜は「数種類の巨大爬虫類」ではなく、驚くほど多様な生物群だったことが明らかになっていったのです。

恐竜と鳥のつながりを示したアーケオプテリクス

同じ19世紀には、後の恐竜研究を大きく変える化石も発見されました。

1861年にドイツで報告されたアーケオプテリクス(始祖鳥)です。

アーケオプテリクスは羽毛や翼を持ちながら、歯や長い骨質の尾など、恐竜を思わせる特徴も備えていました。

この発見は、鳥と恐竜の進化的な関係を考える重要な材料となります。

ただし、恐竜が鳥類の祖先に近いという考えが広く受け入れられるまでには、それからさらに100年以上が必要でした。

1920年代|ゴビ砂漠で恐竜の「生活」が見えてきた

20世紀に入ると、恐竜発掘は世界各地へ広がりました。

1920年代、ロイ・チャップマン・アンドリュース率いるアメリカ自然史博物館の調査隊は、モンゴルのゴビ砂漠で大規模な発掘を行います。

1923年には、恐竜のものだと科学的に認識できる保存状態の良い卵が発見されました。

さらにプロトケラトプス、ヴェロキラプトル、オヴィラプトルなど、現在でも有名な恐竜が次々と発見されます。

当初、オヴィラプトルは卵の近くで見つかったことから「他の恐竜の卵を盗んでいた」と考えられ、「卵泥棒」という意味の名前を与えられました。

ところが後の研究によって、その卵はオヴィラプトル類自身のものだったことが判明します。

卵泥棒だと思われていた恐竜が、実は自分の巣を守っていた可能性が高かったのです。

これもまた、新しい証拠によって恐竜像が逆転した代表的な例です。

1960年代|「鈍重な巨大トカゲ」という恐竜像が崩れた

20世紀前半まで、恐竜はしばしば「動きが遅く、鈍重で、絶滅する運命にあった爬虫類」と描かれていました。

このイメージを大きく変えたのが、1960年代に研究されたデイノニクスです。

古生物学者ジョン・オストロムは1964年に化石を発見し、1969年にデイノニクスとして記載しました。

その骨格は、従来の鈍重な恐竜像とは正反対でした。

細身で二足歩行し、大きな鉤爪を備えた活動的な捕食者だったのです。

オストロムらの研究をきっかけに、恐竜の代謝、行動、鳥類との関係が再検討されるようになりました。

この研究の大転換は、現在「恐竜ルネサンス」と呼ばれています。

1990年代|羽毛恐竜が「鳥は恐竜」を現実にした

そして1990年代、中国・遼寧省から恐竜研究史を再び塗り替える化石が現れます。

その代表がシノサウロプテリクスです。

化石の周囲には、羽毛のような細かな構造がはっきりと保存されていました。

その後、中国から羽毛を持つ獣脚類が次々と発見され、恐竜と鳥類の関係を示す証拠は急速に増えていきました。

現在では、鳥類は恐竜とは別の生物ではなく、獣脚類恐竜の一系統として現在まで生き残っている動物と考えられています。

羽毛恐竜については「シノサウロプテリクス:世界最初の羽毛恐竜の発見とその意義」でも詳しく紹介しています。

現代|化石を「見る」だけではなく内部まで調べる時代へ

現代の恐竜研究は、発掘した骨の形を比べるだけではありません。

CTスキャンを使えば、貴重な化石を壊すことなく頭骨内部や神経・血管が通った空間を調べることができます。

骨を薄く加工して顕微鏡で調べる骨組織学からは、恐竜の成長速度や年齢を推定できます。

さらに3Dモデルによる歩行解析、化石に残された色素構造の分析、同位体を利用した食性や環境の推定など、恐竜研究はさまざまな科学分野と結び付いています。

その結果、恐竜の「姿」だけでなく、成長、食事、移動、感覚、繁殖といった、生きていた時の姿まで研究できるようになりました。

なぜ恐竜研究は何度も常識が変わるのか

恐竜研究を振り返ると、一つの特徴に気付きます。

かつて正しいと考えられていた説が、何度も覆されていることです。

イグアノドンの鼻の角は親指になり、オヴィラプトルは卵泥棒から巣を守る親へと変わり、鈍重な巨大爬虫類だった恐竜は活動的な動物へと変わりました。

そして「爬虫類のような恐竜」と「鳥」は別物だと考えられていた時代から、現在では鳥そのものが生き残った恐竜だと考えられています。

これは科学が間違い続けているという意味ではありません。

新しい証拠が見つかれば、それまでの考えを修正する。むしろそれこそが科学研究の強さなのです。

まとめ|恐竜研究は今も終わっていない

1824年にメガロサウルスが科学的に記載されてから、恐竜研究はすでに200年以上の歴史を持っています。

1842年には「Dinosauria」という名称が生まれ、19世紀後半には世界各地で次々と新しい恐竜が発見されました。

20世紀には恐竜の卵や巣、デイノニクスなどの発見によって恐竜の生活や行動に注目が集まり、1990年代以降の羽毛恐竜の発見は、恐竜と鳥類の関係を決定的に変えました。

そして現在も、世界各地から毎年のように新しい恐竜が報告されています。

日本でも重要な恐竜化石が次々と発見されており、「日本の恐竜化石発見史|どこで、何が見つかったのか?」でその歴史を詳しく紹介しています。

恐竜研究とは、完成した図鑑を読む学問ではありません。

一つの骨、一枚の羽毛、一つの足跡が見つかるたびに、2億年前の世界そのものが描き直されていく研究なのです。

200年前に始まった恐竜研究は、今もなおその途中にあります。